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6才のボクが、大人になるまで。

6才のボクが、大人になるまで。という素敵な映画の感想

6才のボクが、大人になるまで。

今日、とても素敵な映画を見た。

「6才のボクが、大人になるまで。(原題: Boyhood)」という

この映画の魅力が「12年間同じ俳優たちが一人の役を演じきったことにある」という評価に異論を唱える人はいないだろう。

実際にそれは物凄いことなのだと思う。

しかし、僕はそのような撮影手法を除いても(もちろん、その撮影手法を除いてこの映画を語ることは出来ないのだけれど)純粋に素敵な映画だったと思う。

2時間40分の間、ことさらドラマティックな出来事が起こるわけではない。

だらだら続くホームビデオを見せられている気持ちになる人が多いのもわかる。

しかし、人間はある意味で、ファンタジーではない「他人のリアルな日常を知りたい」という一面も持っているのだと思う。

SNSしかり、他人の日記を勝手に読んでしまう人しかり。

そんな観点からこの映画を観ても面白いのかもしれない。

違う国の、違う家庭の、違う人間の「瞬間」を覗けるのだから。

12年間かけて12年間を描くことの凄さ

12年間かけて12年間を描くことの凄さ

12年間で亡くなる方がいるかもしれないし、犯罪などで出演できなる可能性もある。もちろん、役者を辞める人もいるだろう。

特に子役に関しては6歳という幼少期から思春期真っ盛りな時を経て18歳まで同じメンバーと仕事をするのだから、途中で役を降りてしまってもおかしくない。(実際に主人公の姉サマンサ役であり監督の実娘でもあるローレライ・リンクレイターは途中で投げ出そうとしていたらしい)

そういう意味でこの作品がクランクアップ出来ただけでも物凄いことなのかもしれない。

映画の中で3年や、5年、10年、50年、作品によっては100年、1000年と時間が流れることは珍しくない。

通常、映画で時の流れを表現するには、老けメイクを採用するとか、別の役者が演じるとか、近年ではCGを採用するという選択肢もある。いったいなぜリチャード・リンクレイター監督は、実際に12年間も同じ俳優で映画を作ろうなどと思ったのか。

しかしこの映画では1年づつ時間が切り替わり、1年ごとのシーンはおよそ10分程度となっている。

それがこの映画の魅力の一つではあるし、ラストの説得力の鍵でもあると思うのだが、一切テロップなどが出さずに次の年の話に切り替わるので、時間の流れがつかみ辛かった。

同じ人種ならば、小さな変化も気づけるのだろうが、日本人からしたら「今何歳くらいのシーンなのだろうか」という疑問がわいてしまうのではないだろうか。

日本人の年齢を予測する場合、大きく外れることは滅多にないが、海外の人の年齢を予測すると全然ちがったなんてことはよくある。

映画の中で時間の流れが前後する場面は一度もないので、詳細な年齢を理解している必要はないのかもしれないが、ちょっと気になってしまう点ではあった。

コールドプレイの「Yellow(2000年のヒット曲)」で始まり、ドラゴンボール、ハリーポッター、iMac、iPod、Wii、レディーガガ、フェイスブックなどのカルチャーをちらりと見せ、911、サブプライム、オバマ大統領戦などの世相も織り交ぜることで、時の流れを感じさせることで補っている部分もあるのだろう。

一瞬の積み重ねを描いた映画

一瞬の積み重ねを描いた映画

「どうしてみんな、”一瞬を逃すな”って言うの?私はなぜだかそれを逆に考えちゃう。一瞬は私たちを逃さない」

「わかるよ。時間は途切れない。一瞬というのは常に今ある時間のことだ」

この映画の中で重要なテーマは「一瞬」だと思う。

そして、そのささやかな「瞬間」の積み重ねが、しっかりとラストシーンで活かされることにより「あ、映画を観ていたんだった」と美しく芸術作品として締めてくれる。

親の目線から見れば本当にあっという間に過ぎ去る多忙な子育ての時期と、それを終える喪失感。

12年間で親はあっという間に年老い、子供たちは親の知らない悲しみを積み重ねながらも自分たちの人生を切り開いていく。

12年間の「瞬間」を積み重ねた映画だからこそ説得力を感じた。

知らない誰かの過ごした時間から学ぶことは沢山あるのだと思う。

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KKK

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代表中二病社会学会
WEB関係の仕事と並行し、若者の人間行動学に関する仕事をしています。 他、新宿にてイベントBARを三店舗運営。中野にてシェアハウスを運営。