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海外で生活してみて日本人の若者に対して感じたこと

海外で生活をする価値

海外で生活してみて日本人の若者に対して感じたこと

帰国してから、留学やワーキングホリデーなど、海外で生活をする価値について質問されることがとても多いです。

社会学者として、企業様に呼んでいただきお話させていただいたり、Bound to Boundという海外生活経験者と海外に興味のある人を繋げるイベントを主催させていただいてるので、同じ海外生活経験者と比べても非常に多いと思います。

素直に答えてしまうと「そんなの人それぞれじゃないですか」ということになるんですけど、それを言ってしまうと元も子もないのでなんとか、本音で伝えられることを状況ごとに探し出しています。

正直な話、海外生活で得られるものをセミナーや、会話の中で熱を持って主張できることは「移民が少なく、海外の人と出会うことも少ない日本という国で生活してる中では、なかなか気付けない日本人としてのアイデンティティが、海外に出ることによって「外国人」として扱われることにより刺激されると思います」という話くらいしかありません。

それは、今後、移民の受入数が増えていく可能性や、グローバル化が進むことを考えると、日本という国(つまりは法律や文化)を守っていく上では大事なことですが、個人としてはどうなんだろうと。

周りには、「ほかの国の文化を知って視野を広げたい」とか「英語力を上げて就活、転職に活かしたい」という人がとても多くて、それって真っ当で、否定する部分なんてのはないんですけど、その前に考えることがあるんじゃないかなって。

ただ、そういう人たちの発想の根底にあるものって、現代の「自己啓発ブーム」や、「セミナーブーム」にとても近いものを感じます。

そもそも「自己啓発ブーム」は、言ってしまえばただの「ポジティブシンキング」や「ライフスタイルを考え直そう」ということであって、僕の好きなライター速水健朗さんによれば、ルーツはナポレオンの「思考は現実化する」からだということですが、「自己啓発ブーム」においては、考えるより信じよう的な「投げやり感」を感じるんですね。

「セミナーブーム」も似た面を持っていて、とりあえず成功してる人たちの話を聞いておこう、で止まっていることが非常に多く、実践出来たとしても、「それは本当に自分の目指してるものだったのか」と後々考え直す人が多いように感じます。

ロールモデルを持つことは生きやすくなることに繋がるけど、そもそも自分が何者なのか考えないで乗っかっても、いずれズレが出てきます。

もちろん、メンターやロールモデルを持つことによって、自分の求めてるものを見つけ出そうという姿勢なら心配はないのですが、多くの場合、「自分は何者なのか」「どんな人生を送りたいのか」という自己対峙が、すっかり抜けてしまっているなぁ、と。

「ほかの国の文化を知って視野を広げたい」と思っていたけど土台が出来ていなかったので、影響を受けただけで、逆に自分が分からなくなりました。

「英語力を上げて就活、転職に活かしたい」と思っていたけど、帰国してみたらどんな仕事がしたいのか分かりません。
なんてことにならないように。

自分は何者なのか

尾崎豊

まずは、日本で「自分は何者なのか」から考えることが、海外での生活を充実したものにさせてくれるのではないかと思っています。

二年前の朝日新聞で「今の若者は尾崎豊に共感できない」という記事がありましたが、その通りだと思います。

「社会との向き合い方」「孤独感」なんてのは、自分と向き合うことの先に見えてくるものですからね。

特に自己啓発やセミナーが趣味の意識高い若者にとっては、痛い子でしかないでしょう。

ただ、尾崎豊に共感できない時代なんて、中二病患者にとっては生き辛過ぎます。

なので、そんな世界断固拒否。

もっとシンプルに「自分がわからないから海外に出てみました」みたいな人がいてもいいと思うんです。

まぁ、こんな理由で海外で生活するなんて言えば「青臭いこと言ってんじゃねぇよ」と周りには思われてしまうでしょうが、きちんと自分と向き合った人なら「それどころじゃねぇ!」と思えることでしょう。

向き合った結果、日本での社会的地位や築いてきたものが、自分にとって大切なものだと確信できた人は海外に行かなくてもいい、と思えるでしょうし。

そんなわけで、留学会社にスポンサーについていただき、イベント運営を行っている僕がこんなことを言うのは、気まずいですが、「海外経験を積むことが必ずしも必要」とは考えていません。

国家レベルで考えて、グローバル人材が必要だ、なんて言っても、10パーセントもいれば日本経済に問題はありません。

そんなことより、日本の文化を受け継ぎ、新しい価値を創出していくために、個々の自我を確立していくことのほうが、ずっと大事なんじゃないかと。

僕は、カナダに渡る前、大学に通いながら経営コンサルタントとしてフリーランスで働いていました。

将来、世界中でハンバーガー屋を経営して「日本人がすげーハンバーガー屋を作りやがった!日本人は寿司しか食わねえと思っていたぜ!もう資本主義の象徴マクドナルドの時代じゃない!KOUDAIのハンバーガー屋だろ!あそこから新しい文化が生まれていくんだ!新しい時代がくるぜ!」なんて世界を作れたらおもしろいなー、なんて考えながら、真面目に経営学と社会学を勉強してました。英語は中学時代から苦手だったので、将来は通訳を雇ったほうが早いと考えていました。

でも、まぁ、海外なんて行ったことないし、分からないから、とりあえずハンバーガーを食べに行こうと旅立ちました。

エアチケットや保険を含めて50万円くらいしか用意していませんでしたし(持って行ったお金は10万円くらい)、初めの一か月だけ通った英語力も語学学校で一番下のクラスでした。こんなにダメダメな奴はなかなかいないそうです。

hamburger

それでも、働いていたお店ではサブマネージャーとして働かせていただけ、日本人とカナダ人とのトロント最大のランゲージエクスチェンジでスタッフを務め、日本人のトロントでの人権問題を改善するイベントを開き、最後の2,3か月はハンバーガー屋として生計を立てることが出来ました。

僕が、持っていたものは、異文化だろうと、言葉が通じなくても、これまで磨き上げてきた自分の思想、誇り、文化を貫き通してやろうということだけでした。

それが、結果として、やりたかったこと以上のことをやれた要因だと思います。

だいじょうぶさ

もう海外なんて、明確な目的がなければ行けない時代ではありません。

定番のアメリカ、カナダ、オーストラリア、フィリピンなどなら、英語力やお金がなくても、「自我をある程度確立させてる人」なら生活できてしまいます。

「自我をある程度確立させてる人」でなければ、お金(一年間で100万円程度)か英語力(TOEIC600点程度の単語力と中学レベルの文法があれば、初めから生活に困らないでしょう。)のどちらかあれば生活できます。

そんな身近な存在です。

「ほかの国の文化を知って視野を広げたい」「英語力を上げて就活、転職に活かしたい」という、「それっぽい」が、「弱々しい」目的だけでなく、「自己との葛藤で迷い果てた人の未来へのための逃げ道」としての「海外」という形が増えいくと、この国もおもしろくなるんじないかと思っています。

それが、ひいては「内向きな国」「アイデンティティを喪失した国民」を変えていくのではないだろうか。

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KKK

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代表中二病社会学会
WEB関係の仕事と並行し、若者の人間行動学に関する仕事をしています。 他、新宿にてイベントBARを三店舗運営。中野にてシェアハウスを運営。

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