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デジタルイミグラント世代の僕はmixiが大好きだった

僕らはデジタルネイティブ世代?

mixi

「こういうのは若い世代なら簡単でしょ」

僕は88年生まれなのですが、この世代は社会においてデジタルネイティブ世代のように扱われることが多いと思います。

まぁ、若ければ若いほどWEBに触れる時期が早いのだから、言いたいことは分からなくもありませんが、なんだかなぁと。

実際に日本でインターネットが普及し始めた時期に小学生・中学生だったわけで、僕の家に初めてパソコンが届いたのもそのくらいの歳だったと思います。

でもじゃあ、パソコンを使って何をしていたかというと、年齢を詐称してエロチャットをしていたことと、トランプゲームくらいしかしてこなかった。

高校生になるとブログや、プロフと言われるものが一部の人たちで流行ったけど、少なくとも僕の記憶では、共通のツールと呼ばれるものではなかったはず。

まぁ、僕が友達のいない高校時代を過ごしていたから情報が回ってこなかったということもあるのですが。

同級生の間では高校生三年生の頃(2006年)にmixiが流行り始めたが、招待制だったこともあり誰からも招待されず、大学に入ってから始めたことを覚えている。
YouTubeやGooglemapのサービスがスタートしたのもそれくらいの頃だった。

mixiのサービスがスタートしたのは2004年だったので都内の高校生の中では、横浜の端に住んでいた僕よりも早い時期からmixiに触れていた可能性は高いかもしれません。

スマートフォンが普及し始めたのも、大学の後半だったし、周りで機能を十分に使いこなせていた人は一握りしかいなかった。

大学でもあまり友達がいなかった僕は、mixiを通しての交流のほうがずっと多かったし、刺激的だった。

そういう意味ではソーシャル世代と呼ばれるのなら納得できる。

しかし、社会に出るまで「ネット=mixi、論文の資料集め」だった僕としては、デジタルネイティブ世代と言われるのは、しっくりこない。

WEBの世界に入るまでは、デスクトップはいつもごちゃごちゃしていて、企画書は周りの人間に作ってもらうしかなく、データを送られて保存しても、どこに保存したのか分からなくなってしまい、フォルダを検索することすら知りませんでした。

社会で使われることはあまり多くありませんが、デジタルイミグラント(移民)と言ったところでしょう。

現に、同世代のデジタルイミグラントの方々にサイト作成を頼まれて打ち合わせをしていても、WEB業界に入る前の僕と同レベルのITリテラシーしか持っていない人は多い。

それに比べて今の小学生なんかは、デジタルイミグラント世代と比べるとITリテラシーに関する教育をしっかり受けている。

これでデジタルネイティブ世代を名乗るのは違うかなと思ってしまいます。

世代に対す評価というものは、メディアや発信力のある人間が、一部の人間をピックアップし、あたかもその代の人間全てに共通するかのように、作り上げていくものだと考えれば自然なことではある。

そして、社会に決められた○○世代というものを若者たちが真に受けて、時には飲み込まれ、時には開き直るわけだが・・・中二病患者にはそんなことを気にしないで進んでいただきたい。

デジタルイミグラント世代の僕はmixiが大好きだった

mixi_co

偽デジタルネイティブ世代、つまりデジタルイミグラント世代はmixiが本格的にネットを使うスタートだったのではないだろうか。

初めに宣言しておくと僕はmixiが大好きだった。

そしてmixiの復活を望んでやまない。

とにかく、ネットでのコミュニケーションがリアルに反映されるまでの流れが完ぺきだった。

短文・長文のプロフィールでもキャラクターが伝わってきたし、そこでは十二分に自分を表現することが出来た。

コミュニティでも大勢の一部として輪に入っていけた。趣味以外にも性格の合いそうな人や、コミュニティを通してコミュニケーションを取り、仲良くなった人とマイミク(懐かしい響き)になり、日記やつぶやきでお互いを理解することが出来た。

その後仲良くなって会うこともあったし、同じバンドが好きだったら一緒にライブに行ったり、オフ会を開いたり。

僕は今でも、あの頃のネットによりリアルが満たされていく気持ちの良い感覚を覚えている。決して性的な意味ではなく、僕らの世代にとってネットが生活の一部になる初の出来事だったと思うのだ。

それは人によってはGREEやorkut、もしくはブログだったかもしれないけど、現代のソーシャルワーキングサービス程とはいかなくとも、大衆の生活に入り込めたという意味ではmixiが初だったろう。

そして、大衆に認知されていたということで大きな役割を果たしていた。

僕は高校を卒業するまで横浜で育ち、大学から千葉に出た。このように大学進学に伴い地元を離れる世代にとってジャストな時期に大衆に浸透した。それにより地元の友人とのコミュニケーションを維持することが出来た。

また、コミュニティにも色々な種類があり、メインのコミュニティ以外にもアウトローなものや、いかにも中二病患者が作ったんだろうなという微笑ましいコミュニティがあったりして、どこかしらに居心地の良い場所があった。

そんなmixiも機能の改悪や、TwitterやFacebookが日本でも流行りだしたことにより、徐々にシェアを失い始める。

Twitterは限られた文字数で気軽に呟けるということで、mixi疲れを感じ始めていた層にとって丁度いいツールであると同時に、とても敷居の低いものであった。

mixiとは違う形で、同じ趣味・興味を持つ人たちのコミュニケーションツールとしての役割も果たし、当時はmixiと併用している人も多くいた。

しかし、シェアの奪い合いという意味では、実際にmixiに大きな打撃を与えたのはFacebookだったように感じる。

写真を効果的に使えることも、本名で登録しなくてはいけないことも、大衆の自己顕示欲を満すにはベターなツールである。

mixiよりもパブリックな空間であり、世界的に展開しているFacebookにデジタルイミグラント世代のみでなく、その上の代もチェンジしていくのは当然の流れであった。

mixi復活への鍵

mixi_top

しかし、現在叫ばれているFacebook離れを考えてみてほしい。

自己顕示欲の吐け口となっていた空間に嫌気がさし、疲れてしまっているのだ。

mixiよりもパブリックな空間であることにより、ネガティブな感情がダイレクトに生活に影響を与えてしまう。

僕のタイムラインを眺めていても、残っているのは「いいね」を気にせず自己主張を貫いてきた人々と、どんなに自己顕示をしてもしたりない人々、身内のコミュニティに向けて思い出を共有する投稿ばかりだ。

もう、Facebookという空間に残された特別な価値は名刺代わりのビジネスライクなものしか残っていないのでプライベートとは割り切ろう・・・と言えないのが困ったところだ。

何故なら、友人の結婚や転職などの報告や、同窓会やイベントなどの招待には未だにFacebookが利用されることが多いし、スタンダードなツールとなっている以上仕方がないとも言える。

今後も、新しいソーシャルネットワーキングサービスは生み出され続けるだろうが、コロコロと乗り換え、このまま疲労を重ねていくくらいなら、FacebookやTwitter、さらにはGoogle+やインスタグラム、LINE、VINEなどの既存のツールとの距離感を学びながら、ライフスタイルに取り組んでいくほうが賢明だろうと思います。

僕は日本人がソーシャルネットワーキングサービスとの距離感を各々が確立し始めた時にこそ、スマホゲームのmixiではなく、ソーシャルネットワーキングサービスのmixiとして復活するのではないかと期待している。

もちろんFacebookやTwitterからシェアを奪い返すことは不可能だろう。

しかし、共通の趣味を持つ人たちにとってのコミュニティとして重宝される時が来るのではないかと予感しています。

そして、中二病患者はその先駆者たれ。

少なくともtwitterで晒される事を怯えるよりかはずっと明るい未来が待っているはずだ。

今回の記事を書いていたら、日本におけるソーシャルメディア全般の話になってしまい、この投稿の数倍のボリュームになってしまったので、今回はあくまで「デジタルイミグラント世代である僕のmixiへの思い」「リアルとネットがつながる瞬間を初めて感じた高揚感」を主題としました。

後日、改めて「日本におけるSNSの変移・歴史」についての記事をまとめようと思います。

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KKK

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代表中二病社会学会
WEB関係の仕事と並行し、若者の人間行動学に関する仕事をしています。 他、新宿にてイベントBARを三店舗運営。中野にてシェアハウスを運営。

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